 | 不良を意味する南アフリカのスラングである“ツォツィ”という呼称しか持たず、窃盗や暴力で何とか日々の暮らしを立てる以外に生きる術を知らないスラム街のチンピラ青年ツォツィ。そんな彼がある日、若い女性から強奪した車の中にまだ幼い赤ん坊の姿を見出したことから、次第に人間的な感情に目覚めていく様子を、同国期待の新鋭ギャヴィン・フッド監督が鮮烈なタッチで綴っていました。 これが見事に成功して、アフリカ映画史上初となるアカデミー外国語映画賞受賞を見事達成した。
南アフリカ、ヨハネスブルクの旧黒人居住区ソウェトのスラム街。アパルトヘイトの爪痕が今も残るこの街に、誰にも本名を明かさず、不良を意味する“ツォツィ”(プレスリー・チュエニヤハエ)を名乗る一人の青年がいた。彼とその仲間たちは暴力や窃盗を繰り返し、時には殺人さえ躊躇わない無軌道な毎日を送っていた。そんなある日、ツォツィは女性が運転するBMWを目にすると、持っていた銃で女性を脅し車を奪う。なおも追いすがる女性に銃弾を浴びせ、そのまま奪った車で逃走するツォツィ。ところが、後部座席には生後数ヵ月の赤ん坊が乗っていた。車を乗り捨て、一度は置き去りにしようとしたツォツィだったが、思い留まって泣き叫ぶ赤ん坊を抱き上げるのだった。
南アフリカのスラム街で無軌道な犯罪人生を送っていた青年が、思いがけず赤ちゃんを拾ってしまったことで、人間性を取り戻していきます。 南アフリカの新鋭ギャヴィン・フッド監督が、アフリカ映画史上初のアカデミー賞外国語映画賞を獲得した作品です、アフリカ大陸で初めての受賞となるのは意外でしたしビックリしました。 原作はアパルトヘイトが施行されていた40年前のモノらしいのですが、舞台をアパルトヘイト撤廃10数年後の現代に置き換えられても、貧困や差別などはまだまだ南アフリカには残っているんだなと痛感させられました。 “ツォツィ”とは“不良”という意味のスラングでそのままツォツィのあだ名になっています、オープニングから殺人をもいとわない彼らギャング仲間の恐ろしさを描いていましたが、裕福そうな女性から車を奪ったツォツィはその車の中に置き去りになっていた赤ちゃんに気付き、どうしようか迷った挙げ句自分で育てることにします。 その理由は映画を観ていれば分かることなんですが、彼はハンドメイドらしき車椅子の元炭坑夫の障害者に『何故犬のようになっても生きているのか』尋ねます、男の答えを聞いてツォツィの心の中で何かが変わってきたのが伝わってくるようでした。 ツォツィが赤ちゃんに乳を飲ますために銃でおどして、幼い子供を持つ女性ミリアムに乳母をさせます、このミリアムをテリー・フェトという女性が演じています、綺麗だからということもありますがとても魅力的でした、母親としての母性愛も強く感じさせてくれる女性でした。 ツォツィは彼女に誘拐した赤ちゃんを返してくるように言われます、何かを決意したツォツィは彼女に赤ちゃんを返したらまた来ていいかと尋ねて、車椅子の男に全財産を上げて家をあとにして赤ちゃんの家に向かいますが・・・。 ラストまで緊張感溢れる映画でした、アカデミー賞受賞も納得の出来でした、段々と変わってくるツォツィの表情も素晴らしかったです、お勧めします。 |